2016年01月03日

自己満足

こんばんわ。智崇院 西成分院 喜連川です。

本日は自己満足に触れたいと思います。
Wiki先生に尋ねてみると
自己満足(じこまんぞく)とは心理学用語の一つ。
これは人間が行動を行った場合に、その行った行動に対して
自分自身が満足をするようなもののことを言う。
ここで自分自身が満足しているのは、客観的評価に
関係なくされているということである。 人間が行為を行う場合に、
それが自己満足に終わらないように注意を促されている場合がある。

次に慢心をWiki先生に聞いてみたいと思います。
慢心=心の中で自分のことを自慢すること。おごり高ぶる心。

え・・・では自慢も聞いてみたいと思います。
自分のこと、自分に関係の深いものを、自分でほめ人に誇ること。

ええ、やたらWiki先生と言いますよね。
なんとなく サルチックで良いかなぁ・・と。

すいません すいません すいません もういいません。

ん〜 つまり慢心も自慢も対外的に向けられる感情で
対外的にむかなければ自己満足なのでしょうね。

自分だけの満足では飽き足らず外部にそれを吐露するのは
ネガティブにとらわれがちなのでしょうか。

これ種類によると思うんですよね。

僕は「供養形態の一部」は自己満足の一環です。と思っています。
そりゃそうでしょう。
大切な人を失った喪失感を埋め合わせるのは
自己がどれだけ故人の心と向き合い
自己がどれだけ納得出来たか。なのですから。
納得できた時に故人の死を受け入れる心の準備が整う訳です。

え 仏さん どうなったか?って@@;
いえなので供養形態の一部です。
仏を信じる人は信じて頂ければ良いですしね。

ええ、何が言いたいか。
自己満足は決して悪い物じゃないと言いたい訳です。

これって自分でコントロールできるようになると
ある意味、最強の人間になれるかもしれないと
僕は思います。
自身の心を客観的に見れる人 限定ですが・・・。

満足できるからこそ次の一歩を踏み出せる時があるんですよね。

例えば 三日三晩 泣く。
これも一種の感情的な自己満足の一環と言えるでしょう。
でもこれがあるから自身が泣いても始まらないと納得して
次に歩ける事もある訳です。

仕事などもそうかもしれません。
言い方を変えれば向上心とも言えますが
もっとレベルの高い仕事をしたいのだ!
これも自己満足を充足させる話かと。

自身で満足するレベルになる事。
これを人は納得と言うのかもしれませんね。
またこれは成就する際にでも断念する時にでも
この納得と精神は必要になるかと。

自己満足のフェーズが納得まで昇華しているなら
又、口に出さずとも人から認めて貰えるものになって
いるなら、それは一つの道(主張出来る価値)なのかもしれません。

皆様はすでにいくつもの価値観をお持ちなのでしょう。
ただ一つお忘れ頂きたくない事があります。

一意のジャンルの自己満足達成に値があったとします。
Aさんは50で自己満足
Bさんは100で自己満足
Cさんは100000000で自己満足
でも自己満足は自己満足です。
上下もありません。

自己満足の値を上げる方法は
自分で欲する以外がありません。

改めて言いますが
自己満足に上下はありません。

皆さんの戦闘能力(自己満足)は53万ですか?

次回UP時に掘り下げますね。

              智崇院 喜連川
posted by ぽこ at 19:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月02日

謹賀新年

皆様 あけましておめでとうございます。
智崇院 西成分院 喜連川です。

去年は皆様にとってどんな年だったでしょうか?

僕にとっては自己満足な年でした。
あ、慢心と言う意味ではありませんよ。

満ち足りた一年と言えばよかったでしょうか。
不思議なものですね。少し表現を変えると
相手に伝えるアプローチも変わりますね。

今年は昨年同様 色々と大変な年になりそうです
頑張ろうと思います。

皆様にとっても本年が良い年でありますように。

                 合掌 
posted by ぽこ at 12:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする